2005/12/14

日々の葛藤。

私は去年学校の修士課程を卒業した。今は、京都のベンチャー(本社は東京)で、一プログラマとして働いている。SEでもない。単にプログラムを組む底辺の職種である。

このようにすでに就職してしまった私だが、未だ学部時代、大学院時代の恩師と連絡をとりあっている。その恩師は、現在、外留中でUCSDにいる。しかし、いろんな話を私のところに持ってきてくれる。

そして、今回も私の忘れかけていた大学院時代の研究を発表しようとの話をいただいた。まぁ、締め切り間近の時間がほぼない中でいきなり提案されるのは、仕事の関係上かなり大変だが、このような誘いとてもうれしく受け止めている。

「インタラクション2006」で発表があるらしいのだけど、出してみたらどう?と。そして、以前作っていたプログラムの修正を提案していただいた。で、締め切りが今日、提出した。とりあえず、査読のようなものに通るかどうかはわからないが、忘れかけていたアカデミックなものを思い出させてくれた。ちなみに会社の人には何もこのことは言っていない。全く仕事の内容とは別なものなので教える必要も無い。

現在、就職して、会社で開発しているのは、そう悪くはない。特に、新しいものに敏感になってコーディングのスキルもレベルアップしたことは、身にしみて体感している。このことは、私が学校にいてずっと井の中の蛙状態だったことが問題だったろう。しかし、会社では、「なぜ、このシステムを作るのだろう?」ということに疑問を持つ。しかしながら、私は、一プログラマなので、上から降ってくる仕事を黙々と片付けていけばよい。ここで、よく葛藤が起きる。つまり、私は開発者として、上から降ってくる仕事のみをしていればいいのか、ということである。

こういうとき、本当に私は、今のような生活をしていればいいのだろうか、と思う。確かに、当分の間は安定した収入があり、何も心配する必要はない。しかし、本当にこのように頼まれた仕事のみを淡々とこなしていくだけでいいのだろうか。いや、いくない。自分で創造するということがないからだ。このようなタイムリーなときに、私の恩師は、私の将来を案じてくれる。

そして、心の奥底で、私の中の忘れかけていた何かがアツクこみ上げてくる。もう一度、がんばってみようか、という気分になる。

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